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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1828号 判決

原告

荒井富三

被告

楠昌株式会社

ほか二名

主文

一  被告楠昌販売株式会社、被告植田彰は、原告に対し、連帯して、金二三一九万一七六六円及びこれに対する昭和六一年九月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告楠昌販売株式会社、被告植田彰に対するその余の請求と被告楠昌株式会社に対する請求のすべてをいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告楠昌販売株式会社及び被告植田彰間の分と被告ら補助参加人東京海上火災保険株式会社の参加によつて生じた分の内右両被告ら関係分は、いずれもこれを二分して、その各一を原告の、その各一を右被告らと右補助参加人の各負担とし、原告と被告楠昌株式会社間の分と被告ら補助参加人東京海上火災保険株式会社の参加によつて生じた分の内右被告関係分は、全部原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、金四三二二万八五六〇円及びこれに対する昭和六一年九月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六一年九月二二日午後六時四〇分ころ

(二) 場所 兵庫県津名郡一宮町草香北五三五番地付近の県道(以下「本件道路」という。)上

(三) 被告車 被告植田彰(以下「被告植田」という。)運転の普通乗用自動車

(四) 原告車 訴外三浦弘美(以下「訴外三浦」という。)運転の普通乗用自動車

(五) 被害者 原告車の助手席に同乗していた原告

(六) 態様 被告車は、被告植田の脇見運転のために、本件道路のセンターラインを越えて対向車線にはみ出して走行し、その右前部が、折から対向車線を走行してきた原告車の右前部に衝突した。

2  被告らの責任

(一) 被告植田について

被告車の進路は、本件道路付近で左に湾曲していて見通しが困難であり、制限速度も時速四〇キロメートルであつた。

したがつて、被告植田は、自車の速度を減速して前方を注視し、進路の安全を確認しながら進行すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、進路左側の海岸などに気を取られて前方を注視せず、はみ出しが禁止されているセンターラインを越え、しかも、制限速度を超える時速五〇キロメートルで進行した過失により、折から対向車線を進行してきた原告車に気付かず、被告車を原告車に正面衝突させた。

よつて、被告植田は、民法七〇九条に基づき、原告が本件自により被つた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告楠昌株式会社(以下「被告会社楠昌」という。)、被告楠昌販売株式会社(以下「被告会社楠昌販売」という。)について

(以下被告会社楠昌と被告会社楠昌販売を併せて、「被告会社ら」ともいう。)

被告会社らは、いずれも被告車を自己のために運行させていたから、自賠法三条所定の運行供用者として、それぞれ、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任を負う。

3  原告の本件受傷とその治療経過及び本件後遺障害の存在

(一) 原告の本件受傷

原告は、本件事故により、全身を強く打ち、右眼窩底部開放性骨折、右鎖骨骨折、右肩甲骨骨折、左肋骨骨折、右大腿骨頸部骨折など、全身にわたる重傷を負つた(以下「本件受傷」という。)。

また、原告には、本件事故により、本件事故時から昭和六二年一〇月二六日までの間の約一か月余りにわたつて記憶を喪失し、意味不明のことをわめくという意識障害が発生した。

(二) 本件受傷の治療経過

原告は、本件受傷治療のため、次のとおり入通院した。

(1) 入院

(イ) 兵庫県立淡路病院

昭和六一年九月二二日から同月二五日まで四日間

(ロ) ツカザキ病院

昭和六一年九月二六日から同年一〇月五日まで一〇日間

(ハ) 神戸市立中央市民病院(以下「中央市民病院」という。整形外科、脳外科)

昭和六一年一〇月六日から同年一一月二一日まで四七日間

頭部外傷、全身の骨折に対する治療を受けた。

(ニ) 国立療養所近畿中央病院(以下「近畿中央病院」という。)

昭和六一年一二月一九日から昭和六二年四月一二日まで一一五日間

右大腿骨などの骨折、低肺機能、血清肝炎に対する治療を受けた。

(ホ) 中央市民病院(眼科)

(a) 平成元年八月八日から同月一四日まで七日間

斜視に対する治療を受けた。

(b) 平成四年五月一日から同月三日まで三日間

斜視に対する再手術を受けた。

(2) 通院

(イ) 中央市民病院

(a) 整形外科

昭和六一年一一月二二日から平成元年九月二六日まで(実日数三〇日)

(b) 眼科

昭和六一年一〇月七日から平成元年一〇月九日まで(実日数一八日)

斜視と両眼性複視に対する治療を受けた。

なお、原告は、平成三年一月以降も通院している(実日数九日)。

(c) 形成外科

昭和六一年一〇月二二日から平成元年一月二四日まで(実日数二七日)

(d) 脳外科

昭和六二年七月七日から平成元年二月二三日まで(実日数五日)

(e) 泌尿器科

平成元年九月二日から平成二年一二月一〇日まで(実日数一七日)

原告は、平成三年一月一日以降も通院している(実日数九日)。

(ロ) 近畿中央病院

昭和六二年四月一三日から同年八月六日まで(実日数二日)

(ハ) 兵庫県立玉津福祉センターリハビリテーシヨンセンター附属中央病院(以下「玉津福祉センター」という。)

昭和六二年四月一六日から同年一〇月一九日まで(実日数三七日)

(三) 本件後遺障害

(1) 原告の本件受傷は、症状により若干の前後があるものの、平成元年一〇月頃にはほぼ症状が固定し、次の内容の後遺障害が存在(以下「本件後遺障害」という。)するに至つた。

(2) 本件後遺障害の具体的内容

(イ) 股部及び膝部の障害

原告の股と膝の関節に屈曲制限がある。また、同人の右足は、本件受傷である大腿骨骨折のため、左足よりも一センチメートル短くなつた。

同人は、このため正座をしたり、走つたりすることができず、和式トイレを使用できないうえ、階段の昇降にも不自由があり、同昇降の際二回ほど転落して顔を切つたことがある。

なお、原告は、大腿骨の骨折を治療するため、金属を入れたが、これは現在もそのままである。

(ロ) 頭部の障害(記憶力の低下)

原告の本件事故当時における勤務先及び同勤務先の地位等は後記のとおりであるところ、同人は、本件事故により脳に受けた影響のため、記憶力が低下して、執務能力が落ち、業務遂行に支障が生じた。同人は、その結果、勤務先会社においても、後記のとおり、配置換えとなつて従来の部長職を解かれるに至つた。

そして、同人には、「昨日言つたことも忘れる。」、「旅行の計画も覚えられない。」という状態が続いており、勤務先会社の業務内容を忘れるため、些細なことでも全て紙に書いて残すようにしている。

(ハ) 眼部の障害(外斜視)

原告は、本件事故により、その眼部を強打して眼窩底部を骨折したため、本件事故直後から、右眼の上転、下転、内転に障害があつたが、症状固定後も、外斜視の後遺障害が存する。

同人は、前記のとおり、眼科の手術を受けたが、遠くを眺めると、眼球が外に流れて複視となり、物が二重に見え、将来、斜視角が増大する恐れがあつた。

同人は、そのため、その後も、二か月に約一回の割合で、通院治療を受け、前記のとおり、平成四年五月には、右症状につき再手術を受けた。同人の斜視角は、今後、再び増大する恐れがあるが、これに対する再々手術は困難である。

なお、同人の左眼は、本件事故以前から近視の状態であつたが、眼鏡で補正することができたから、前記のように複視になるのは、近視によるものではない。

(ニ) 胸部の障害

原告には、本件受傷の両側複数助骨骨折に起因する拘束性肺機能障害が存在するため、労働作業時に呼吸が困難で疲れやすい。また、同人の鎖骨、助骨は、骨折した箇所が常に引きつつていて、痺れや鈍痛がある。

同人は、そのため、重い物を持つことができないし、右腕を後ろに伸ばすと痛みが生ずる。

(ホ) 顔部の障害

原告の頬部には、五・七センチメートルの醜状痕があり、同人の眼部の陥没箇所には、常に引きつつていて、時に、痛みがある。

同人の鼻部右側には、常時押し付けられた感じがあり、呼吸気の通りが悪く、詰まつた感じがする。

(ヘ) 泌尿器の障害

原告の尿道には、本件事故後その意識が回復するまでの約一か月余り、採尿管が挿入されていたため、頻尿の症状が残存した。

また、同人は、右事故後、性的に不能となつた。

(ト) その他

原告は、本件受傷治療のために輸血を受けたところ、肝炎に感染し、昭和六二年二月ころから、黄疸が生じた。

同人には、このため、今後、肝硬変、肝臓癌に罹患する危険が増大している。

(3) 自賠責保険による後遺障害等級の認定について

(イ) 被告らの契約する任意保険会社は、自賠責保険の事前認定の手続きにおいて、本件後遺障害につき、一二級一三号(外貌の著しい醜状)と一三級九号(下肢の短縮)の併合一一級に相当するとしか認定しなかつた。

(ロ) しかし、右認定は、本件後遺障害の一部しか考慮しておらず、不当である。

その理由は、次のとおりである。

本件後遺障害は、前記(2)の具体的内容からすれば、自賠法施行令別表の後遺障害等級の併合八級以上に相当する。

すなわち、本件のように、後遺障害が複合して生じている場合には、できる限り全体的、実質的に評価すべきであり、そうすると、本件後遺障害は、九級一一号(胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当し、一二級一三号(外貌の著しい醜状)と併わせて、併合八級に相当することになる。

仮に、右主張が認められないとしても、本件後遺障害は、少なくとも、併合九級には相当する。

4  原告の本件損害

(一) 症状固定後の治療費 金一万四一八〇円

原告に本件後遺障害の一部として外斜視が存在すること、同人が同外斜視の悪化防止のため再手術を受けたことは、前記のとおりであるが、同人は、その費用のうち、金一万四一八〇円を自己負担した。

(二) 付添看護費 金九二万八〇〇〇円

(1) 入院中の付添看護

原告は、前記入院期間(合計一七六日間)中、意識障害、全身骨折による運動障害及び肝炎により絶対安静を要し、付添看護を必要とした。

また、同人は、前記のとおり、平成四年五月に外斜視の再手術を受けるために入院し、付添看護を必要とした(三日間)。

原告の妻である訴外荒井静子(以下「訴外静子」という。)は、原告の右期間中(合計一七九日間)、同人に付き添つて看護に当たり、そのうち三七日間は同人の入院先に泊り込んだ。

これに要した費用は、金八〇万五五〇〇円である。

4500(円)×179=80万5500(円)

(2) 通院中の付添い

原告は、前記通院の当初は、付添いを必要としたので、訴外静子は、次のとおり原告に付き添つた。

(イ) 中央市民病院への通院 合計三〇日

(ロ) 玉津福祉センターへの通院 合計一九日

これに要した費用は、金一二万二五〇〇円である。

2500(円)×(30+19)=12万2500(円)

(三) 入院雑費 金二四万一八〇〇円

原告の入院期間は、前記のとおりであり、その合計日数は、一八六日である。

同人の本件入院雑費は、一日金一三〇〇円の割合による一八六日分の合計金二四万一八〇〇円である。

1300(円)×186=24万1800(円)

(四) 通院交通費 金二一万九〇三〇円

原告の前記通院に要した交通費は、次のとおり、合計金二一万九〇三〇円である。

(1) 中央市民病院(泌尿器科以外の分) 金一三万九二〇〇円

1740(円)×80=13万9200(円)

(2) 近畿中央病院 金六二〇〇円

3100(円)×2=6200(円)

(3) 玉津センター 金七万三六三〇円

1990(円)×37=7万3630(円)

(4) 以上の合計 金二一万九〇三〇円

13万9200(円)+6200(円)+7万3630(円)=21万9030(円)

(五) 休業損害 金一九五万八二三六円

原告は、本件受傷治療のため、昭和六一年九月二三日から昭和六二年五月二〇日までの間、欠勤した。

同人には、本来、昭和六一年一〇月から昭和六二年五月までの間の給与として金三二一万七〇〇〇円が支給されるべきであつたところ、右欠勤のため、その内金一二五万八七六四円しか支給されなかつた。

よつて、右差額分の金一九五万八二三六円が、同人の本件休業損害となる。

(六) 賞与の減額分 金八一万〇二〇〇円

原告には、昭和六二年夏期賞与として、同年六月に金一四万五六六〇円が支給されるべきであつたところ、本件事故に起因する休職のため、その内金五八万七七六〇円しか支給されず、金五五万七九〇〇円を減額された。

また、同人には、昭和六二年冬期賞与として、同年一二月に金一二〇万七九六〇円が支給されるべきであつたところ、右休職のため、その内金九五万五六六〇円しか支給されず、金二五万二三〇〇円を減額された。

よつて、右賞与減額分合計金八一万〇二〇〇円も、同人の本件休業損害となる。

(七) 後遺障害による逸失利益 金三一九七万七八一四円

(1) 原告は、本件事故当時、訴外大和製衡株式会社に勤務(以下「勤務先会社」という。)し、同会社産機営業部長の地位にあり、昭和六〇年度分年収は、金七二三万五七〇〇円であつた。

ところが、同人は、本件後遺障害のため記憶力が低下し、執務能力の低下による不都合のため、右部長職を解任されるに至つた。

そして、同人の本件後遺障害が障害等級八級に相当することは前記のとおりであるから、同人は、そのためその労働能力を少なくとも四五パーセント喪失したというべきである。

そこで、右労働能力の喪失率及び前記年収額を基礎とし、本件症状固定日である平成元年一〇月から同人が満六七歳に達するまでの一三年間について、新ホフマン式計算方法を用いて中間利息を控除のうえ、同人の本件後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、金三一九七万七八一四円となる(新ホフマン係数は九・八二一)。

723万5700(円)×0.45×9.821=3197万7814(円)

(2) 源泉徴収される税金について

被告らは、後記のとおり、原告の逸失利益を算定する場合、同人の算定基礎収入額から、源泉徴収される税金額を控除すべき旨主張している。

しかしながら、被告らの右主張は、失当である。

何故なら、納税は、課税権者と原告(納税者)間の法的関係に基づく問題であつて、原告と被告ら間の本件損害賠償に関する法的関係に基づく問題とは別異なものである。したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき本件損害額算定の問題において、原告が納付すべき税金額をその収入額から差し引く理由は全くないからである。

(八) 慰謝料 金一〇〇〇万円

(1) 傷害分 金三〇〇万円

原告は、被告植田による無謀な運転により生じた本件事故のため、生命にかかわる重傷を負い、六か月間の入院と三年半にわたる通院を余儀なくされ、そのために精神的苦痛を受けた。

よつて、同人の右精神的苦痛に対する慰謝料額は、金三〇〇万円を下回らない。

(2) 後遺障害分 金七〇〇万円

原告の本件後遺障害は、前記のとおり、全身に及び、同人は、このため、今後の生活に大きな影響を受け、その精神的打撃には計り知れないものがある。

よつて、同人の右精神的苦痛に対する慰謝料額は、金七〇〇万円を下回らない。

(3) なお、原告は、本件事故のために、前記のような重傷を負つたにもかかわらず、被告植田は、原告を一度も見舞わなかつたし、また、被告会社らについては、その代表取締役社長訴外南本準が原告を二度見舞つただけであつた。

被告らの誠意のない右対応は、原告の本件慰謝料の算定において十分斟酌されるべきである。

(九) 弁護士費用 金三五〇万円

原告は、本件訴訟を提起するため、原告訴訟代理人との間で、弁護士会報酬規定に基づく弁護士費用金三五〇万円の支払いを約定した。

(一〇) 原告の本件損害の合計額 金四九六四万九二六〇円

(一一) 損害の填補

原告は、自賠責保険から金三一六万円及び被告らの加入する任意保険会社から金三二六万〇七〇〇円の支払いを受けたので、これを前項の本件損害合計額から控除すると、同人の本件損害額は、金四三二二万八五六〇円となる。

5  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、本件損害賠償金四三二二万八五六〇円及びこれに対する本件事故日の翌日である昭和六一年九月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

(被告ら)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2のうち、(一)の事実及び主張は認める。

(二) (二)のうち、被告会社楠昌販売についての事実及び主張は認め、被告会社楠昌についての事実は否認し、その主張は争う。

3 同3の事実について

(一) (一)の事実中原告が本件事故により受傷したことは認めるが、その具体的内容は不知。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)の事実は不知。その主張は争う。

原告は、原告の後遺障害につき、多くの障害を挙げて後遺障害等級の併合八級に相当する旨主張するが、自賠責保険における併合一一級の認定が相当であつて、これを上回る認定をすべき特別の理由はない。

4 同4について

(一) (一)ないし(一〇)の事実(ただし、原告自身の入通院に関する事実は除く。)は否認し、その主張は争う。

なお、原告の逸失利益の算定に際しては、その基礎となる原告の収入額から、源泉徴収される税金額を控除すべきである。そうでないと、原告は、源泉徴収により納税すべき金員を自己の収入として取得することになり、不合理となるからである。

(二) (一一)の事実は認める。

(被告ら補助参加人)

1 原告の本件後遺障害については、自賠責保険の事前認定手続きにおいて、一二級一三号(外貌の著しい醜状)と一三級九号(下肢の短縮)の併合一一級に相当する旨の認定がされているところ、本件後遺障害の程度がこれを上回るという認定をすべき根拠は何もない。

そして、自賠法施行令第二条二項ロによれば、「別表に定める第一三級以上の等級に該当する後遺障害が二以上存在する場合における当該後遺障害による損害」については、重い「後遺障害の該当する等級の一級上位の等級に応ずる同表に定める金額」をもつて保険金額とすると定められているから、原告の場合、既に併合一一級に認定されていることから、一一級以上に該当する後遺障害が認定されなければ、上位等級への認定替えはできないものである。

2 原告が主張する本件後遺障害の具体的内容について詳論すれば、次のとおりである。

(一) 足部及び膝部の障害(膝部の屈曲制限)について

膝の正常な可動範囲は、屈曲、伸展がそれぞれ一三〇度、〇度である。

ところで、原告の膝の屈曲、伸展は、他動、自動とも、左がそれぞれ一五〇度、〇度であり、右がそれぞれ一三五度、〇度であるから、原告の膝についての運動制限は、何ら認められない。

なお、右下肢の短縮については、前記のとおり、既に一三級九号と認定ずみである。

(二) 頭部の障害(記憶力の低下)について

原告の記憶力の低下及びその低下の程度を裏付ける証拠はなく、また、低下があるとしてもその原因は不明である。県立淡路病院においては、脳外科の担当医師によつて、原告には脳外科的に異常がない旨診断されている。

(三) 眼部の障害(外斜視)について

原告は、平成元年八月一一日に斜視に対する手術を受けた結果、その後は、斜視角が軽減し、近見時の眼精疲労はかなり軽快しており、他方、同人は、高校時代から眼が悪く、本件事故前の視力は、〇・〇三程度であつた。

これらを総合すれば、原告が主張する外斜視の症状が、本件事故に基づくものであるのか、仮に本件事故の影響があるとしても、その程度はどのくらいであるかについては全く不明であるし、また、同人の斜視の症状は、これに対する右手術によつて改善してきているから、今後もその症状が残るかどうかは疑問といわなければならない。

(四) 胸部の障害(心肺機能の低下)について

心肺機能低下の有無は、本人の愁訴や肺活量検査の結果などを総合して判定すべきである。

しかしながら、原告の自覚症状としては、格別のものは認められない。

また、同人に対する肺活量検査によれば、平成二年五月二八日の時点で、その努力性肺活量は、二・七七リツトルであり、また、パーセント努力性肺活量は、七六・九パーセント、一秒率は、七三・六パーセントである。

そして、一秒率七〇パーセント以下が異常とされ、同八〇パーセント以上が正常とされていることからすれば、同人の肺活量は、完全には正常でないとしても、ほぼ正常な範囲内にある(なお、努力性肺活量とは、最大吸気を行わせてから、息を力一杯呼出させたときの肺活量である。また、一秒率とは、初めの一秒間に呼出させた量(一秒量)を、努力性肺活量で割った数値で、呼気閉塞の程度を表すとされる。)。

これらを総合すれば、原告の心肺機能について障害が生じているとは認められない。

(五) 顔部の障害(顔面の醜状)について

原告の外貌の著しい醜状については、前記のとおり、既に一二級一三号と認定ずみである。

(六) 泌尿器の障害について

原告について、その主張する泌尿器障害があることを認めるに足りる証拠はない。

(七) その他(肝機能の低下)について

肝機能の低下の有無は、本人の愁訴や血液検査などを総合して判定すべきである。

しかし、原告の愁訴は、疲れやすいということがあるのみである。

また、血液検査によれば、昭和六二年八月六日の時点で、総ビリルビン一・六(正常値は、〇・二~一・〇)、直接ビリルビン〇・九(同〇・一~〇・四)、GOT二二(同九~三一)、GPT一六(同四~三四)、LAP一九五(同九七~一九〇)、γ―GPT七七(同四~三三)である。

そして、GOT、GPTの各検査数値が、それぞれ五〇~一〇〇、五〇~一五〇の範囲内にあれば、被検査者の日常生活に支障がないとされている。

これを原告の愁訴と併せて検討すると、同人の右検査数値が全て正常値の範囲内にあるわけではないが、同人の症状は、軽微であり、同人にその主張する肝機能の低下があるとは認められない。

なお、同人は、本件事故の七年前に肝障害に罹患し、何らかの自覚症状があつて喫煙を止めたようである。したがつて、同人には、本件事故前から、肝機能が低下していた疑いがある。

三  抗弁(被告ら)

1  過失相殺

(一) シートベルトの不着用

(1) 原告は、本件事故により、上半身から下半身にかけて、主にその右側に重傷を受けているが、これは、同人が、原告車と被告車が衝突した際の衝撃のために、助手席から投げ出されて座席の右前方下側にもぐり込んだため、ハンドル等の内部機器に激突したことによつて生じたものである。

同人が、もしシートベルトを着用していたとすれば、本件受傷は、もつと軽微なもので済んだはずである。

(2) ところで、道路交通法七一条の二は、自動車の運転者及び運転者席の横の乗車装置に乗車する者がシートベルトを着用すべきことを規定し、同条は、同法の改正によつて、昭和六〇年七月五日に公布され、昭和六一年一月一日から施行されたものであるが、その施行前から社会的に大きな関心を呼んでいた。

原告が、本件事故当時、シートベルトを着用していなかつたことは、右規定に違反している。

もつとも、同条は、運転者(本件では、訴外三浦。)の義務を規定したものであるが、原告は、後記のとおり、訴外三浦を監督すべき立場にさえあつたのであるから、自らシートベルトを着用して、交通事故が発生した場合の危険を防止すべき義務があつた。

したがつて、原告がシートベルトを着用しなかつたことは、同人自身の過失であり、このために、同人の本件受傷が重篤なものとなり、損害が拡大したのであるから、同人の本件損額額の算定に当たり、同人の右過失を斟酌すべきである。

(二) 訴外三浦(原告側)の過失

(1) 訴外三浦は、本件事故直前、同事故現場の相当手前地点付近において被告車を発見していた。

したがつて、訴外三浦としては、被告車の動静を注視し、自ら警笛を鳴らしたり、原告車を進行方向に向かつて道路の左端に寄せる等することにより、本件事故の発生を防止することができたものである。

ところが、訴外三浦は、右措置を採らず、漫然と制限速度時速四〇キロメートルを上回る時速五〇キロメートルで進行した結果、原告車は、被告車と衝突した。

(2) 以上によれば、本件事故の発生については、訴外三浦の過失も寄与しており、その過失割合は、訴外三浦が一ないし二割、被告植田が八ないし九割というべきである。

(3)(イ) そして、原告は、本件事故当時、原告車の助手席に乗車していたのであるから、訴外三浦の右過失を原告側(被害者側)の過失として斟酌すべきである。

(ロ) また、原告は、本件事故当時、勤務先会社の産機営業部長として、訴外三浦らの部下を率いて、勤務先会社の慰安旅行に出かける途中であつたから、訴外三浦らの使用者またはその代理人として、部下が運転を安全にするように直接監督すべき立場にあつた。

しかして、本件事故は、訴外三浦の右過失が寄与して発生したものであるから、同人の右過失を原告自身の過失として斟酌すべきである。

(三) 過失相殺の割合についての結論

原告ないし原告側の前記過失を総合すれば、原告の本件損害額の算定に当たつては、その四割以上を減額すべきである。

2  損害の填補 金一二三五万一七六九円

原告は、自賠責保険会社である被告ら補助参加人から金三一六万円の支払いを受けたほか、被告会社楠昌販売の任意保険会社である訴外共栄火災海上保険相互会社から、治療費として金五九三万一〇六九円、その他の損害金として金三二六万〇七〇〇円の支払いを受けた。

右各填補額の合計は、金一二三五万一七六九円であるから、これを原告の本件損害額から控除すべきである。

四  抗弁に対する答弁

1  過失相殺について

(一) シートベルトの不着用について

抗弁1(一)の事実中、道路交通法七一条の二の公布、施行に関する事実は認めるが、その余の事実は全て否認し、これに関連する、原告にシートベルト不着用の過失があつた旨の主張は争う。

もともと、シートベルトの着用は、被害者の安全を守るために行うのであり、これを着用しなかつたからといつて第三者が負傷するというものではないから、原告の不着用をもつて同人の過失とみることは不当である。

また、道路交通法七一条の二の規定は、本件事故当時、施行からまだ間がなく、シートベルトは、高速道路を走行する場合を除いて、一般に着用されていなかつたこと、本件事故は被告植田の重大な一方的過失によつて生じたことからすれば、原告が本件事故時シートベルトを着用していなかつたことをもつて、同人の過失として斟酌すべきではない。

(二) 訴外三浦(原告側)の過失について

(1) 抗弁1(二)の事実中、訴外三浦が本件事故直前、同事故現場の相当手前地点付近において被告車を発見していたことは認めるが、その余の事実は全て否認し、これに関連する、訴外三浦に本件事故の発生を防止すべき各措置を怠つた過失がある旨の主張は争う。

訴外三浦は、対向車両である被告車を発見し、原告車の前照灯を下向きにして、被告車の運転手が幻惑されないようにしている。

被告車は、それまで車線内を走行していたにもかかわらず、原告車の前方約一一・三メートルの地点付近に接近した後、センターラインを越えて進来したため、訴外三浦としては、これを避ける余裕がなかつた。それ故、同人において原告車の警笛を鳴らしたり、同車両を進行方向に向かつて道路の左端に寄せる等の措置を採る必要はない。

なお、原告車の速度が、本件事故当時、制限速度を一〇キロメートル程度超えていたとしても、このことは、同事故の発生と関係はない。

(2) 仮に、訴外三浦にも本件事故発生に対する過失があつたとしても、原告は、原告車に同乗していたに過ぎないから、訴外三浦の同過失を原告側の過失として原告の本件損害額の算定に当たり斟酌する余地はない。

(三) 抗弁1(三)の過失割合についての主張は争う。

2  損害の填補について

抗弁事実はいずれも認める。

もつとも、原告は、本件において、治療費を損害費目として主張請求しておらず、また、同人に対する過失相殺は行われるべきではないから、被告らの主張は意味がない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(被告らの責任)について

1  被告植田と被告会社楠昌販売の本件責任

同(一)(被告植田の責任)の事実は、当事者間に争いがなく、同(二)(被告会社らの責任)の事実のうち、被告会社楠昌販売関係の事実については当事者間に争いがない。

当事者間に争いがない右各事実に基づくと、被告植田は、民法七〇九条所定の不法行為者として、また、被告会社楠昌販売は、自賠法三条所定の被告車の運行供用者として、それぞれ、原告に対し、同人が本件事故によつて被つた損害の賠償責任を負う。

なお、被告植田と被告会社楠昌販売は、共同不法行為者として、連帯して、原告の右損害の賠償責任を負う。

2  被告会社楠昌の本件責任

(一)  原告は、被告会社楠昌も本件事故当時被告車を自己のため運行させていた。したがつて、同会社も自賠法三条所定の運行供用者であつた旨主張する。

(1) 原告の右主張事実にそう証拠として、原本の存在及び成立に争いのない甲第三〇号証(被告植田の司法巡査に対する昭和六一年一〇月三〇日付供述調書)の記載部分がある。

しかしながら、被告植田は、同人の本人尋問において、被告車の本件事故当時における所有者は被告会社楠昌であつたこと、同人は、後記認定にかかる被告会社らの関係及び同人の就職関係から被告会社楠昌販売も被告会社楠昌と呼ぶ癖があることを明確に述べているのであり、右認定事実に基づけば、右文書の右記載部分は、被告植田がその癖により被告会社楠昌販売のつもりで被告会社楠昌と述べたものと推認するのが相当である。

よつて、右文書の右記載部分は、信用することができない。

そして、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)(イ) かえつて、前掲甲第三〇号証(ただし、前記信用しない部分を除く。)、原本の存在及び成立に争いのない甲第三一号証、成立に争いのない乙第一ないし第二〇号証、被告植田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(a) 被告植田は、昭和五五年春ころ被告会社楠昌に工員兼運転者として就職し、昭和六〇年一一月一日、被告会社楠昌販売が設立された後、同会社へ移籍して同移籍前と同じ業務に従事していた。

(b) 被告会社楠昌販売は、被告会社楠昌とその本店所在地及び代表取締役を同じくし、菓子類の製造ないし販売を目的とする株式会社であるところ、同会社において被告車を購入して所有し、これをその業務に用いるほか、同会社従業員の送迎にも利用していた。

(c) 被告会社楠昌は、右認定のとおり本店所在地や代表取締役が被告会社楠昌販売と同じくしており、しかも両会社の業務内容には関連があつたため、時には被告車をその業務に使用することもあつた。

(d) 被告植田は、本件事故発生時、被告会社楠昌販売の従業員として、同会社従業員を各自宅付近まで送るため、被告車を運転していた。

(e) 被告車に関する自動車保険対人賠償保険契約を締結していたのは、被告会社楠昌販売であり、被告会社楠昌は、同保険契約の当事者でなかつた。

(ロ) 右認定各事実に照らしても、原告の前記主張事実はこれを肯認することができない。

むしろ、右認定各事実を総合すると、被告車の本件事故時における運行供用者、すなわち同車両に対する運行支配(なお、運行利益は、運行支配に対する徴憑と解するのが相当である。)を有していたものは、被告会社楠昌販売であつて、被告会社楠昌は、これに該当しなかつたというべきである。

(3) 右認定説示に基づくと、被告会社楠昌には、原告主張の自賠法三条に基づく本件責任の存在を肯認し得ないというべく、したがつてまた、原告の同会社に対する本訴請求は、その余の主張につきその当否を判断するまでもなく、右責任の存在の点で既に理由がない。

なお、本件においては、右会社に対する右責任原因(自賠法三条所定事由)以外の責任原因につき、その主張はない。

三  同3(原告の本件受傷とその治療の経過及び本件後遺障害の存在)について

1  (原告の本件受傷)について

(一)  原告が本件事故により受傷したことは、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二六ないし第二九号証、原告本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 原告は、本件事故により、全身打撲、頭部外傷Ⅲ型、右眼窩底部開放性骨折、右鎖骨骨折、右肩甲骨骨折、左助骨骨折、右大腿骨頸部骨折など、全身にわたる重傷を負つた。

(2) 加えて、原告は、本件事故により、同事故時から昭和六一年一〇月二六日までの間の約一か月余りにわたつて記憶を喪失し、意味不明のことをわめくという意識障害が発生した。

2  (本件受傷の治療経過)について

原告が本件受傷治療のため次のとおり入通院したことは、当事者間に争いがない。

(一)  入院

(1) 兵庫県立淡路病院

昭和六一年九月二二日から同月二五日まで四日間

(2) ツカザギ病院

昭和六一年九月二六日から同年一〇月六日まで一〇日間

(3) 中央市民病院の整形外科、脳外科

昭和六一年一〇月六日から同年一一月二一日まで四七日間

頭部外傷、全身の骨折に対する治療を受けた。

(4) 近畿中央病院

昭和六一年一二月一九日から昭和六二年四月一二日まで一一五日間

右大腿骨などの骨折、抵肺機能、血清肝炎に対する治療を受けた。

(5) 中央市民病院(眼科)

(イ) 平成元年八月八日から同月一四日まで七日間

斜視に対する治療を受けた。

(ロ) 平成四年五月一日から同月三日まで三日間

斜視に対する再手術を受けた。

(二)  通院

(1) 中央市民病院

(イ) 整形外科

昭和六一年一一月二二日から平成元年九月二六日まで(実日数三〇日)

(ロ) 眼科

昭和六一年一〇月七日から平成元年一〇月九日まで(実日数一八日)

斜視と両眼性複視に対する治療を受けた。

なお、原告は、平成三年一月以降も通院している(実日数九日)。

(ハ) 形成外科

昭和六一年一一月二二日から平成元年一月二四日まで(実日数二七日)

(ニ) 脳外科

昭和六二年七月七日から平成元年二月二三日まで(実日数五日)

(ホ) 泌尿器科

平成元年九月二日から平成二年一二月一〇日まで(実日数一七日)

なお、原告は、平成三年一月一日以降も通院している(実日数九日)。

(2) 近畿中央病院

昭和六二年四月一三日から同年八月六日まで(実日数二日)

(3) 玉津福祉センター

昭和六二年四月一六日から同年一〇月一九日まで(実日数三七日)

3  (本件後遺障害)について

(一)  本件受傷の症状固定

前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第五ないし第七号証、第九号証、第四六号証、第四八号証、丙第七、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件受傷は、症状によつて差があるものの、遅くとも平成元年一〇月ころにはほぼ症状固定し、本件後遺障害が存在するに至つたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  本件後遺障害の具体的内容及びその程度

(1) 原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件後遺障害は、自賠責保険の事前認定手続において、自賠法施行令別表の後遺障害等級一二級一三号(外貌の著しい醜状)と一三級九号(下肢の短縮)の併合一一級に相当すると認定されたことが認められる。

(2) 原告は、交通事故による後遺障害が複合的に存在している場合にはできる限り全体的、実質的に評価すべきであるとして、本件後遺障害については、九級一一号(胸腹部臓器の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当し、一二級一三号(外貌の著しい醜状)と併せて、併合八級に相当し、あるいは少なくとも併合九級には相当するから、右併合一一級の事前認定は不当である旨主張する。

そこで、原告の右主張の当否につき判断する。

(イ) 本件後遺障害の具体的内容

本件後遺障害の具体的内容については、後掲各証拠に基づく後記各認定のとおりであり、同各認定を変更するに足りる医学上の直接的証拠はない。

なお、本件後遺障害の具体的内容に関する認定についても、同後遺障害の程度に関し、後記説示するところが妥当するというべきである。

(a) 右下肢の短縮及び外貌の著しい醜状

前記認定のとおりである。

(b) 胸腹部臓器の障害

(Ⅰ) 肺臓関係

前掲甲第七号証、成立に争いのない甲第八号証、丙第四号証の一、二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件症状固定後、労働作業中に呼吸が苦しくなつて疲れ易いうえ、骨折箇所に痺れや鈍痛があること、同人は、現在、日常生活においても、運動や激しい動作を行い得ないこと、同人の近畿中央病院における平成二年一二月二〇日付呼吸機能検査結果では、努力肺活量が二〇五〇ミリリツトル、一秒量が一五一〇ミリリツトルであること、同病院医師久保田馨は、同日、同検査結果に基づき、傷病名・低肺機能、胸腹部臓器の障害・努力性肺活量、一秒量とも低値を示し胸部外傷による呼吸機能障害が著名である旨診断していることが認められる。

(Ⅱ) 肝臓関係

前掲甲第七号証、成立に争いのない甲第四三号証、丙第四号証の一の一部を総合すると、原告は、本件受傷の治療時における輸血が原因で血清肝炎に罹患し、昭和六二年二月五日、黄疸が出現したこと、しかし、同黄疸は、入院先の近畿中央病院における治療の結果、同人が同病院を退院した同年四月一二日の時点で改善されていたこと、前記久保田医師も、前記日付で、原告の肝臓に関し、今後肝硬変・肝癌等が発生する危険を否定できない旨診断していること、同人の平成三年九月一〇日付血液検査では、肝機能の一部が低下していることが認められる。

(c) 股部及び膝部の障害

前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第三、第四号証、丙第五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和六一年一〇月九日、中央市民病院において、本件受傷の右大腿骨骨折治療のため、鋼線挿入(骨内釘)の手術を受けたが、同挿入鋼線は、現在なお、同人の同手術箇所に存在していること、しかし、同人は、担当医師から、同挿入鋼線はそのままにして置いても支障がない旨いわれているので、現状のままにしていること、原告は、現在も、正座をしたり、走つたりすることができず、和式トイレの使用、階段の昇降に支障があること、特に、階段の降時には、これまで二度にわたつて転落したので、手すりがないと降りられないこと、同人の本件症状固定時における股関節及び膝部の障害は、次のとおりであつたこと。

股関節

右八〇度 右七〇度

屈曲 他動 自動

左一二〇度 左一二〇度

右三〇度 右三〇度

伸展 他動 自動

左四五度 左四五度

右三五度 右三五度

外旋 他動 自動

左七〇度 左七〇度

右〇度 右〇度

内旋 他動 自動

左二五度 左二五度

膝部

右一三五度 右一三五度

屈曲 他動 自動

左一五〇度 左一五〇度

右〇度 右〇度

伸展 他動 自動

左〇度 左〇度

原告の右各障害は、本件症状固定時以後、機能訓練等により次第に改善されて来ていること、特に、同人の膝部については、関節内の癒着はほとんどなく、同膝部痛の主な原因は、四頭筋の伸展不全によるものであり、入院のうえ麻酔下での徒手矯正によつて改善可能であることが認められる。

(d) 眼部の障害

前掲甲第六号証、丙第七号証、成立に争いのない甲第三四、第三五号証、第四九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件受傷である右眼窩底部開放性骨折のため右眼に外斜視の症状が発現し、その後、中央市民病院において平成元年八月一一日、平成四年五月一日に二度にわたる外斜視手術を受けたこと、同人には、同第二回目手術の結果、残存斜視が僅かに認められ、そのため、両眼視による複視も残存していること、同人には、現在、同障害による業務上の支障は特にないが、近見時における眼精疲労による支障があることが認められる。

(e) 原告が主張するその他の障害

(Ⅰ) 頭部の障害(記憶力の低下)

前掲甲第五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、同人の記憶力が低下したと思つていること、しかしながら中央市民病院脳神経外科医師木崎孝彦作成の平成二年一二月一三日付自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(右甲第五号証。以下同種診断書を「後遺障害診断書」という。)には、原告の自覚症状として、記憶力減退・後頭部の圧迫感(特に階段の昇降に際して)と記載されているが、各部位の後遺障害の内容、特に精神・神経の障害他覚症状及び検査結果については、全てにわたり記載がなく空白のままであることが認められる。

(Ⅱ) 泌尿器の障害

前掲甲第九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後の昭和六二年七月ころから性欲減退を覚えるようになつたこと、しかしながら、中央市民病院泌尿器科医師野々村光成作成の平成二年一二月一〇日付後遺障害診断書には、原告の自覚症状として、昭和六二年七月ころから性欲減退を自覚していると記載されているが、各部位の後遺障害の内容、特に生殖器・泌尿器の障害については、全てにわたり記載がなく空白のままであることが認められる。

(ロ) 本件後遺障害の程度

右認定にかかる本件後遺障害の具体的内容に基づき、同後遺障害の程度について判断する。

(a) ところで、自賠法施行令別表所定の後遺障害等級(以下「障害等級」という。)は、その体裁及び内容からすると、いわゆる器質的障害評価であると解される。しかしながら、民事裁判における後遺障害の有無及び程度の認定は、同認定が被害者の損害の有無やその算定につき重要な役割を担つているのであるから、単に器質的障害評価だけに止まらず、機能的障害評価との総合によるのが相当である。

そこで、本件においても、右認定にかかる本件後遺障害の程度の評価については、右見地に基づいて、これを行うこととする。

右説示に反する、被告ら補助参加人のこの点に関する主張は、当裁判所の採るところでない。

(b)(Ⅰ) 右下肢の短縮及び外貌の著しい醜状、障害等級一三級九号、一二級一三号相当。

(Ⅱ) 胸腹部臓器の障害

〈1〉 肺臓関係

(α) 肺臓に関する前記認定各事実を総合すると、原告における肺機能障害の存在が明らかであるから、同後遺障害は、障害等級一一級一一号(胸部臓器に障害を残すもの)に該当するというべきである。

(β) 確かに、前掲丙第四号証の一の一部によれば、被告ら補助参加人主張の呼吸機能検査結果(近畿中央病院における平成二年五月二八日付検査)が認められる。

しかしながら、右検査結果と前記認定の呼吸機能検査結果の検査日付を比較すると、後者の検査結果の方が前者の検査結果よりも、原告の肺機能障害の最新の状況を正確に示しているといえるし、前記医師も、後者の検査結果に基づき前記診断しているのであり、前者の検査結果は、同診断前の一資料に止められているのであるから、被告ら補助参加人主張の右検査結果が認められるからといつて、それにより原告の本件肺機能障害に関する右結論は、何ら左右されない。

〈2〉 肝臓関係

原告の肝機能に一部低下がみられることは前記認定のとおりであるが、前記認定の一連の事実関係に照らすと、同肝機能の一部低下が本件後遺障害に該当するとは未だ断定し得ない。

のみならず、前掲丙第四号証の一、二、成立に争いのない丙第一号証の一、二によれば、原告自身、本件事故以前から脂肪肝のため入院して治療を受け、その後も服薬していたことも認められるし、加えて、同人の右肝機能の一部低下が現在、同人の社会生活にいかなる影響を及ぼしているかについては、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

右認定各事実及び説示に照らすと、原告の右肝機能の一部低下が即本件後遺障害の内容をなすとは認め得ない。

よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がない。

(Ⅲ) 股部及び膝部の障害

(α) 股部(股関節)関係

股関節に関する前記認定各事実を総合すると、その運動可能領域が相当制限されていると認められるから、同後遺障害は、障害等級一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当するというべきである。

(β) 膝部(膝関節)関係

膝部(膝関節)に関する前記認定各事実に加えて、原告の主張事実を肯認させるに足りる証拠がないところ、右認定各事実を総合してみても、原告の膝部(膝関節)の障害については、同人の主観はともかくとして、客観的には、未だ器質的にも機能的にも本件後遺障害として評価を受ける程度に至つているとは認め難い。

よつて、原告のこの点に関する主張は、理由がない。

(Ⅳ) 眼部の障害

眼部に関する前記認定各事実を総合すると、原告の外斜視についてはさて置き、眼精疲労等が残存していることが認められるから、同後遺障害は、障害等級一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当するというべきである。

(Ⅴ) その他の障害

頭部及び泌尿器の各障害

頭部及び泌尿器に関する前記認定各事実に加えて、原告の主張事実を肯認するに足りる証拠、特に医学的証拠がないところ、右認定各事実を総合してみても、原告の脳部及び泌尿器に、主張にかかる異常の客観的存在及びこれと本件事故との間の因果関係の存在は、これを認め得ない。

よつて、原告のこれらの点に関する主張は、理由がない。

(c) 本件後遺障害の具体的内容とその程度は、右認定説示のとおりであるが、複数存在する同後遺障害の程度中最も重いものは、肺臓の障害の障害等級一一級一一号であるところ、自賠法施行令二条二項ロにしたがい、結局、本件後遺障害の程度は、全体として、最も重い右障害等級一一級一一号の一級上位である併合一〇級相当と認めるのが相当である。

よつて、原告の本件後遺障害の程度に関する主張は、右説示の限度で理由がある。

四  同4(原告の本件損害)について

1  症状固定後の治療費 金一万四一七〇円

原告が、本件症状固定後の平成四年五月一日本件後遺障害の内眼部障害の右眼外斜視を改善するため、中央市民病院において再手術を受けたことは、前記認定のとおりであるところ、成立に争いのない甲第四四号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、それに要した費用のうち、金一万四一七〇円を自己負担したことが認められる。

しかして、症状固定後の治療費であつても、右認定の目的で支出された治療費は、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、「本件損害」という。)と認めるのが相当である。

よつて、右治療費金一万四一七〇円も本件損害と認める。

2  付添看護費 金九二万八〇〇〇円

(一)  入院中の付添看護 金八〇万五五〇〇円

(1) 原告における本件受傷の具体的内容は前記認定のとおりであり、その治療経過は、前記のとおり当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第二六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、五〇歳(昭和一一年四月五日生)であつたことが認められ、右認定各事実及び当事者間に争いのない事実を総合すると、原告には、本件入院期間中、原告主張にかかる合計一七九日間は、付添看護を必要としたと認めるのが相当である。

そして、原告本人尋問の結果によれば、訴外静子は、右入院期間(合計一七九日間)中、原告に付き添つて看護に当たり、そのうち三七日間は原告の入院先に泊り込んだことが認められる。

(2) 右認定各事実を総合すると、訴外静子の付添看護費も本件損害と認めるべきである。

しかして、これに要した費用は、一日当たり金四五〇〇円と認めるのが相当であるから、その合計額は、金八〇万五五〇〇円となる。

4500(円)×179=80万5500(円)

(二)  通付院中の添い 金一二万二五〇〇円

(1) 原告の本件受傷の具体的内容とその治療経過は、前記のとおりであり、右認定各事実と当事者間に争いのない事実を総合すると、原告の本件通院には、訴外静子の次のとおりの付添いを必要としたことが認められる。

中央市民病院への通院 合計三〇日

玉津福祉センターへの通院 合計一九日

(2) 右認定各事実を総合すると、訴外静子の本件通院付添費も本件損害と認めるのが相当である。

しかして、右通院付添いに要した費用は、一日当たり金二五〇〇円と認めるのが相当であるから、その合計額は、次のとおり金一二万二五〇〇円となる。

2500(円)×(30+19)=12万2500(円)

3  入院雑費 金二二万三二〇〇円

原告の本件入院期間が合計一八六日であることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

原告が右入院期間中に要した本件損害としての入院雑費は、一日当たり金一二〇〇円の割合と認めるのが相当であるから、その合計額は、次のとおり、金二二万三二〇〇円となる。

1200(円)×186=22万3200(円)

4  通院交通費 金二一万九〇三〇円

(一)  原告の本件通院期間は、前記のとおり当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第四二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が、右通院のために要した交通費は、次のとおり(単価はいずれも往復料金)、合計金二一万九〇三〇円であることが認められる。

中央市民病院(泌尿器科以外の分) 金一三万九二〇〇円

1740(円)×80=13万9200(円)

近畿中央病院 金六二〇〇円

3100(円)×2=6200(円)

玉津センター 金七万三六三〇円

1990(円)×37=7万3630(円)

右合計 金二一万九〇三〇円

13万9200(円)+6200(円)+7万3630(円)=21万9030(円)

(二)  よつて、右通院交通費合計金二一万九〇三〇円も、本件損害と認める。

5  休業損害 金一九五万八二三六円

(一)  原告の本件受傷の治療期間は、前記のとおり当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第五一号証の一ないし三(乙第二一号証)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故当時、勤務先会社の産機営業部長として、一か月当たりの給与として、金三九万八八〇〇円の支給を受けていた。

(2) 原告は、本件受傷のため、昭和六一年九月二三日から昭和六二年五月二〇日までの間にわたつて就労することができなかつたため、昭和六一年一〇月から昭和六二年五月までの間の給与として支給されるべき金三二一万七〇〇〇円のうち、金一二五万八七六四円しか支給されず、その差額分金一九五万八二三六円の支給を受け得なかつた。

(三)  よつて、原告が右支給を受け得なかつた金一九五万八二三六円は、本件損害というべきである。

6  賞与の減少分 金八一万〇二〇〇円

(一)  前掲甲第五一号証の一ないし三、成立に争いのない甲第三八ないし第四一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故がなければ、昭和六二年六月に、夏期の賞与として金一一四万五六六〇円の支給を受けるべきところ、本件事故により休職したために金五八万七七六〇円しか支給されなかつたから、その差額は、金五五万七九〇〇円となる。

(2) また、同人は、昭和六二年一二月に、冬期の賞与として金一二〇万七九六〇円の支給を受け得べきところ、右同様に、金九五万五六六〇円しか支給されなかつたから、その差額は、金二五万二三〇〇円となる。

(二)  よつて、右各賞与の減額分合計金八一万〇二〇〇円は、本件損害というべきである。

7  本件後遺障害による逸失利益 金一九一八万六六八九円

(一)  原告の本件後遺障害の具体的内容、同後遺障害が全体として障害等級一〇級(併合)に相当することは、前記認定説示のとおりである。

(二)(1)  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後、本件後遺障害に起因して勤務先会社における前記部長職から他の部へ配置換えになり以後同部長職に就くことができなかつたこと、同人は、同事故当時同配置換え前の部長職において業績をあげていたが、同後遺障害のため就任可能性の大きかつた勤務先会社取締役に昇進することができなかつたこと、同人と同期入社の者が同取締役に昇進しているところから、原告の収入は、同後遺障害のため、客観的にみて、同期入社の者のそれと比較し、低額となつたことが認められる。

しかして、右認定各事実を総合すると、原告は、本件後遺障害の存在によつてその労働能力を喪失し、そのため、実損、すなわち経済的損失を被つている、したがつて、同人には、本件後遺障害による逸失利益の存在を肯認すべきである。

(2)  同人の労働能力の喪失率は、本件後遺障害に関する前記認定各事実を主とし、これにいわゆる労働能力喪失率表を参酌し、二七パーセントと認めるのが相当である。

(3)  前掲甲第二六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時五〇歳の健康な男子であつたことが認められるから、同人の就労可能年数は、同人が満六七歳に達するまでで、同人の主張する一三年間と認めるのが相当である。

(4)  成立に争いのない甲第三七号証によれば、原告の昭和六〇年度の年収は、金七二三万五七〇〇円であつたことが認められる。

(三)  右認定説示を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、新ホフマン式計算方式にしたがい中間利息を控除して算定すると、金一九一八万六六八九円となる(新ホフマン係数は九・八二一。円未満四捨五入)。

723万5700(円)×0.27×9.821≒1918万6689(円)

(四)  なお、被告らは、原告の逸失利益の算定に当たつては、その基礎となる原告の収入額から、源泉徴収される税金額を控除すべき旨を主張している。

しかしながら、納税は、課税権者と納税者間の法的関係に基づく問題であつて、原告と被告ら間の本件損害賠償に関する法的関係に基づく問題とは別異なものというべきである。したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき本件損害額の算定に当たつて、原告が納付すべき税金額を原告の収入額から差し引いて計算すべき理由は見当たらない。よつて、被告らの右主張は、理由がなく採用できない。

8  慰謝料 金八〇〇万円

(一)  傷害分 金三〇〇万円

原告の本件受傷による慰謝料は、金三〇〇万円と認めるのが相当である。

(二)  後遺障害分 金五〇〇万円

原告の本件後遺障害の具体的内容、同後遺障害が全体として障害等級一〇級(併合)に相当することは、前記認定説示のとおりであり、そのほか、本件証拠に現れた一切の諸事情を総合すると、原告の本件後遺障害による慰謝料は、金五〇〇万円と認めるのが相当である。

9  原告の本件損害の合計額 金三一三三万九五二五円

五  過失相殺について

1  本件事故の状況

(一)  本件事故の発生は、当事者間に争いがない。

(二)  前掲甲第二六号証、原本の成立及び存在に争いのない甲第一七ないし第二四号証、第三〇、第三一号証、第三三号証、被告植田彰本人、原告本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件道路は、車道の幅員が五・五三メートルのアスフアルト舗装された平坦な道路であり、その中央線が黄色のペイント(はみ出し通行禁止を表示。)により、両側の外線が白色のペイントにより、それぞれ表示されている。

本件道路は、南北に通ずる道路であるが本件事故現場付近で東側に緩やかに湾曲している。その東側には、コンクリート擁壁があり、西側は、海岸であるが、防潮堤などが設置されていて、見通しは不良であり、街灯などによる照明もない。なお、本件事故当時の天候は晴。路面は、乾燥していた。

(2) 被告植田は、被告車を運転して、本件道路を時速約五〇キロメートルで北進して、本件事故現場付近に差し掛つたが、その進路の前方は、前記のとおり、東側に湾曲していて見通しは良くなかつた。また、本件道路の西側のコンクリート擁壁上には、魚釣りをする人が点在していた。

そして、被告植田は、自車進路左前方を走行する自転車を追い越す際、右釣り人らの様子などに気をとられていたため、前方に対する注視を怠つたまま、右道路のセンターラインを越えて被告車を走行させ、被告車が原告車に衝突するまでの間、対向車線を進行してきた原告車に全く気付かなかつた。

(3) 一方、訴外三浦は、原告車を時速約五〇キロメートルの速度で走行させ本件道路を南進して本件事故現場付近に至つたのであるが、同事故現場の北方約一五五・二メートルの地点付近に至つた時、自車前方約四四〇メートルの地点付近に、北進して来る被告車の前照灯を発見したので、自車の前照灯を下向きに切り換えそのまま進行した。

ところが、同人は、自車が約一五二メートル進行し、対向車線上の被告車が原告車の前方約一一・三メートルの地点付近に接近した時、被告車が急にセンターラインを越えて走行し出したのを認め、衝突の危険を感じ、急ブレーキを掛けるとともにハンドルを左に切つたが間に合わず、両車両が衝突して本件事故が発生した。

そして、被告車がセンターラインを越えて走行し出したのが対向車線を南進してきた原告車から一一・三メートルの距離に接近してからのことであつたため、原告車においては、被告車との衝突を避ける余裕がなかつた。

(二)  右認定各事実を総合すると、本件事故は、原告車の速度とは関係なく、被告植田の前方不注視に伴うセンターラインオーバーによる一方的過失によつて発生したといわざるを得ない。

よつて、被告らの過失相殺の抗弁中、訴外三浦にも本件事故発生に寄与した過失があることを前提とする主張は、すべて理由がない。

2  シートベルトの不着用について

(一)(1)  まず、原告が本件事故発生時において原告車助手席でシートベルトを着用していなかつたことは、原告において明らかに争わないところであり、また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告車と被告車が衝突した際の衝撃のために、原告車助手席から投げ出されて座席の右前方に移動し、ハンドル等の内部機器に右半身を打ち付けたことが認められる。

また、原告の本件受傷の内骨折等の発生箇所及び本件後遺障害の存在部位が概ね同人の右半身を中心としていることは、前記認定のとおりである。

したがつて、右争いのない事実及び認定各事実を総合すると、原告が本件事故の際原告車装備のシートベルトを着用していたとすれば、本件受傷は、現実に発生したものに比して軽微で済んだと推認することができる。

(2)  そして、昭和六〇年七月五日に公布され、昭和六一年一月一日から施行された道路交通法七一条の二は、自動車の運転者に対し、自らシートベルトを着用すべきこと及びこれを着用しない者を運転者席の横の乗車装置に乗車させてはならないことを規定しているところ、同法条の目的は、交通事故発生時における危険の防止にあると解される。

(3)  右認定説示を総合すると、本件において、原告が原告車の助手席に乗車しながら同車両装備のシートベルトを着用しなかつたことは、同人において同シートベルトを着用して交通事故発生時の損害拡大を防止すべきであつたにもかかわらず、これを怠つた落度に当たると評価せざるを得ない。

そして、これまでに認定説示したところからすると、原告の右落度が同人の本件損害の拡大に寄与したということができるから、損害の公平な負担の見地から、これを原告の過失として、原告の本件損害額の算定に当たつて斟酌するのが相当である。

よつて、被告らの過失相殺の抗弁中原告の本件シートベルト不着用に関する主張は、理由がある。

(二)  もつとも、原告において主張するとおり、前記法条は、運転者の義務を規定したものであり、本件事故は、右規定の施行から約八か月後に発生したものである。

しかしながら、前記法条の目的からすれば、原告車助手席に乗車した原告としては、交通事故発生に備えて同車両装備のシートベルトの着用を心懸けるべきであり、特に前記認定にかかる原告の本件事故時における身体的移動、本件受傷の中心的部位等を考慮すれば、同人の本件シートベルト不着用は、同人の本件損害の拡大の面で同人の一つの落度というべきである。

また、右シートベルト着用の問題は右規定の施行以前から社会的に大きな関心を集めており、そのころには既に、シートベルトの着用が交通事故発生時における危険防止ないし緩和に効果がある旨が指摘されていたことは、公知の事実である。

したがつて、右規定の施行と本件事故発生の時間的間隔は、原告の本件シートベルトの不着用を同人の落度とする前記結論を何ら左右するものでない。

いずれにせよ、右認定説示に反する原告の主張は、理由がない。

(三)  そして、前記認定各事実を総合して認められる一連の事実関係に基づくと、原告の斟酌されるべき本件過失の割合は、原告の全損害につき、一割と認めるのが相当である。

3  ところで、被告らは、本件事故後被告らにおいて原告に対して支払つた本訴損害費目以外の損害費目である治療費についても、同人の本件損害に加算して過失相殺すべきである旨主張している。

(一)  被告らの右主張事実中原告が被告ら主張の治療費を本訴において損害費目として主張請求していないことは、当事者間に争いがない。

(二)(1)  しかして、交通事故の被害者が同事故後加害者からその損害に関し填補を受け、当該費目がその後の訴訟において損害費目として主張請求されていなくても、紛争の一回的解決の観点から、既払の当該費目をも同訴訟における被害者の損害額に加え、これを被害者の総損害として過失相殺の対象とするのが相当である。

(2)  そして、原告が本件事故後被告会社楠昌販売の任意保険会社である訴外共栄火災海上保険相互会社から治療費として合計金五九三万一〇六九円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

(三)  そこで、前記見地にしたがい、右当事者間に争いのない合計金五九三万一〇六九円を前記判示にかかる本件損害金三一三三万九五二五円に加え、総合計金三七二七万〇五九四円について、前記認定の過失割合一割によつて、いわゆる過失相殺を行うと、その後に原告が被告会社楠昌販売、同植田に請求し得る本件損害額は、金三三五四万三五三五円となる。

六  損害の填補 金一二三五万一七六九円

1  原告が、自賠責保険から金三一六万円及び訴外共栄火災海上保険相互会社から金三二六万〇七〇〇円、これに加えて治療費として合計金五九三万一〇六九円の各支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

2  原告の右受領金の合計額は、金一二三五万一七六九円となり、これを本件損害の填補として、前記判示の本件損害金三三五四万三五三五円から控除すると、その残額は、金二一一九万一七六六円となる。

七  弁護士費用 金二〇〇万円

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び前記請求認容額等によれば、本件損害としての弁護士費用は、金二〇〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

1  以上によれば、原告は、被告会社楠昌販売、被告植田に対し、連帯して、本件損害合計金二三一九万一七六六円及びこれに対する本件事故発生日の翌日であることに争いのない昭和六一年九月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有し、また、原告は、被告会社楠昌に対して、本件事故による損害賠償請求権を有しないというべきである。

2  よつて、原告の本訴各請求中原告の被告会社楠昌販売、被告植田に対する各請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないから、これらを棄却し、原告の被告会社楠昌に対する請求は、すべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助 安浪亮介 亀井宏寿)

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